日米の密約に関する調査で見つかった文書で、核兵器を「持たず、作らず、持
ち込ませず」という非核三原則を提唱した佐藤栄作氏が、その後「『持ち込ま
せず』は誤りであったと反省している」と悔やんでいたことが明らかになった。
この文書は、69年10月7日付の東郷文彦・外務省北米局長(当時)による
「首相に対する報告(沖縄関係)」。沖縄返還後の米国による核の再持ち込み
の可能性などを佐藤首相と議論した際の記録だ。このとき佐藤氏は「難しいこ
とが多いが、この苦労は首相になってみないと分からない」とも漏らしていた。
佐藤氏が最初に非核三原則を表明したのは67年12月の衆院予算委員会。翌
年1月27日の施政方針演説にも盛り込んだ。偶然にも、東郷氏が「持ち込み」
についての日米の理解のずれを記した「東郷メモ」を作成した日のことだった。
佐藤氏は2月5日にこのメモを閲読していた。佐藤氏は首相退陣後の74年
10月、三原則などが評価されて、ノーベル平和賞受賞が決まる。前月の「ラ
ロック証言」で、三原則への疑念が日本中を揺さぶる中での発表だった。
(朝日新聞 2010/03/10)
岡田外相、米に解釈たださず 核寄港「今後考えにくい」
岡田克也外相は密約の調査結果公表にあわせた朝日新聞のインタビューで、米
側との解釈のずれをただす必要はないとの考えを示し、その理由に米政府が水
上艦などへの核兵器の搭載を再開する可能性が考えにくいことを挙げた。
岡田氏は米政府の核政策について、「今は核の役割を低減しようというのが大
きな方向性なので、(水上艦からの核の撤去が)元に戻るということは非常に
考えにくい」と指摘。「それ以上に仮定の議論はすべきではない」とした。
政府はこれまで核搭載艦船の寄港の有無について、核の持ち込みに必要な「事
前協議」が行われていないことを理由に「ない」と説明してきた。だが、今回
の調査でこの立場が崩れたことになり、岡田氏は「なかったと考えたいと思う
が、証明する手だてはない」とした。
また、日本は米国の核の傘のもとにあるが、岡田氏は9日の記者会見で「核の
抑止力を肯定している」と言及。核兵器の存在を肯定も否定もしない米国の
「NCND政策」についても「米国の判断であり、理解している」と述べた。
(朝日新聞 2010/03/10)
もともと、非核三原則の内、「持ち込ませず」というのは、日本国
内に外国の核兵器を配備させないという意思を示したものです。
これに、核兵器の通過や一時保管も含める様な国会答弁をした事、
及び、それが実は、矛盾をはらんでいた事が、今回、「広義の密約」
とされた解釈が、日米間で暗黙に合意された背景にあります。
当時は、戦略核兵器とならんで戦術核兵器が大量に配備されていま
した。小さいものでは、大砲の弾にまで、核兵器が準備されていま
した。また、魚雷の頭部に装備する核弾頭や、潜水艦を攻撃する対
潜ロケットや対空ミサイルにも核弾頭が、配備されていました。
この様に、戦術核兵器が大量に配備されていた理由は、兵力的に西
側自由主義陣営が社会主義陣営に対し劣勢にあった事にあります。
その兵力の格差を核兵器という装備の質と技術によって埋めていた
事になります。
また、戦略思想としても、戦術核兵器であっても、その爆発規模が
通常兵器とは格段に異なる事から、一度使用すると容易に全面核戦
争を招くという認識が広まっていませんでした。その為、核兵器の
位置付けが単なる爆発規模の大きな弾頭という解釈で、幅広く核兵
器が配備されていました。これは、米国のみならず、ソ連について
も同様であり、特に、攻撃型潜水艦への核弾頭の搭載は、ソ連崩壊
まで、継続していました。
では、非核三原則の「持ち込ませず」のどこが矛盾をはらんでいる
のでしょうか?
冷戦下で、日本は被爆国として、非核三原則を振りかざしながら、
自らは手を汚す事なく、実際には、米国の核の傘で、守られている
という矛盾がありました。また、日米の同盟関係は、防衛に関して
は片務的といわれていましたが、アジア大陸での社会主義陣営の拡
大を抑制する自由主義陣営の不沈空母として、アジアに睨みを聞か
せる米軍の足場としての役割を果たす事が、求められていました。
その点で、米国が日本の防衛に抑止力を提供するという負担を行っ
たのと同様に、日本は、米軍の出撃拠点や補給拠点としての負担を
約束していた訳です。
現在では、米軍の艦船や航空機には、この種の戦術核兵器は搭載さ
れていませんし、オバマ政権は、保管中の核トマホーク用核弾頭の
廃棄を明言していますので、非核三原則との矛盾はありません。
しかし、冷戦当時は、米軍の艦艇と一部航空機は、核武装していた
事は確実でした。当時、もし、核搭載艦艇の寄港を日本が拒否して
いれば、出撃拠点、補給拠点としての、日本の価値や有効性は、大
きく損なわれていた筈です。しかも、当時の情勢を考えると、米国
の空母機動部隊を牽制したり、あるいは、米軍基地に戦術的奇襲を
行う為、日本の領海内にソ連の核兵器搭載艦艇が遊弋(ゆうよく)し
ていた可能性も非常に高かったと言えます。つまり、日本が「核を
持ち込ませず」を米国に対し厳格に適用していれば、同盟国には、
非核寄港あるいは通過を強要しながら、逆に敵国の核搭載通過は許
容するという、いびつな対応を余儀なくされる事になってしまい、
究極的には、日米安保体制を危うくするものになっていたに違いあ
りません。
国内の左翼陣営は、勿論、これらの事実を知りながら日米離反を狙
って、国民の核アレルギーを利用して非核三原則の"米国に対する"
厳格適用を狙っていた訳であり、そうする事で、社会主義陣営の利
益になるという認識であった事はいうまでもありません。
先程、記した様に、現在では、米国に関する限り、「持ち込ませず」
が、日米安保体制と矛盾する事はなくなりました。しかし、鳩山民
主党政権が、非核三原則の厳格適用を掲げるのであれば、矛盾は引
き続き残ります。それは、ロシアと中国の戦術核搭載艦艇をどの様
に取り扱うのかという点です。ロシアと中国にとっては、米国の艦
艇は、大きな軍事的脅威です。艦艇を含む通常兵器の質と量が、米
国に対抗できない両国にとって、それに対応する安価な対抗手段は
核兵器しかありません。日本の領海内には定期的に、ロシアと中国
の核搭載原潜が侵入している可能性が高いと考えるべきなのです。
2004年に、中国の漢級原子力潜水艦が我が国領海を侵犯するという
事件がありました。他国の領海を航行する潜水艦は、浮上して国旗
を掲揚する事で、無害航行が認められます。しかし、あの事件の様
に、潜行中の国籍不明の潜水艦が発見された場合は、強制浮上の上、
臨検する必要があります。実際には、日本は強制力のある行動を取
る事ができず潜水艦は自主的に領海から退去する形になりましたが、
あの艦に核兵器がなかった訳がないのです。日本は領海を侵犯され
た上、「非核三原則」を犯された事になります。
中国やロシアの原子力潜水艦が再び、日本の領海を侵犯した時、非
核三原則の厳格適用を主張する鳩山政権は、海上自衛隊に対し、潜
水艦の強制浮上と臨検を命令できるのでしょうか? もし、できな
いのであれば、米国に対してのみ非核三原則の厳格適用を行うのは、
ダブルスタンダードと言わざるを得ないのです。
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